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2015年12月26日 (土)

Twitterのヘッダー画像 記録

                           パ ノ ラ マ の 絵 。

 

 僕は横長の絵がとっても好き。

 出版の仕事ではほとんど描く機会がないから、 なんだけど。

 
 (SFマガジンの表紙を12枚並べると一枚の絵が出来上がる、とか、単行本のカバーの横幅全部を使って一枚の横長の絵を描くとか、それなりに描いてはいるのですが)
 
 しかし、最近気付いたのだった。
 Twitter や Facebook の(自分の)ホーム画面、ヘッダー画像では横長の絵が使われることに。
 
 身近なところに、なかなか楽しい発表の場があったのだ。
 でも、どんどん新しい絵を描いて、どんどん新しいものに交換しちゃうと、それまでの絵は見てもらえなくなるので、こちらに並べておこうかな、と考えたのでした。
 
 
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顔の向きを変えてみた

2015年12月22日 (火)

生賴範義さんの追悼文を書いた(西日本新聞 2015年12月15日)

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 そうだ忘れてた。西日本新聞から依頼があって生賴さんの追悼文を書いたのでした。

 
 僕は文章を書くプロではないので、言いたいこと、伝えたいこと、知ってもらいたいことが奥の方から湧き上がってくるまでは文章にできないのですが、(なんと、締め切りがなかったのですよ。完成したらそのための紙面を用意する、ということでした)、
 
 しかし、年末に近くなって、もうそろそろやばいという連絡があり、慌てていろいろ思いついたテーマをメモ書きみたいに書いて、そんな文章が5000字くらいになったところで、一旦全てを忘れて、もう一度、ゼロから一気に1200字の文章を書いたのでした。
 
 それを編集部に修正してもらい、さらにそれを自分のリズムに直し、最後の校正刷(といってもデジタルなんですが)チェックして言葉を少し変更したりしたのでした。
フェイスブックへのリンク(登録してなくてもリンクを見られるのかな? よくわかりませんが)
 
 僕が生賴さんとお会いしたのは、昨年の宮崎の生賴範義さんの展覧会でギャラリートークをやるために会場にいった時が初めてでした。
 
 それまでは、一度だけ電話でお話ししたことがあります。昔、妻の提案で、日本SF大会の会場で『ゴミ屑オークション』というのをやることになり、画家やイラストレーター、漫画家の皆さんが、失敗してくずかごに捨てた絵を集めてオークションで売ろう、その売り上げを大会の運営に使ってもらおう、てな企画。
 
 大友克洋さんの絵とかももらったぞ。
 
 そして生賴さんには絵を3枚送ってもらったのだった(板に描いてあった)。そのうち2枚は僕のものにしていいよ、と生賴さんが言ってくれた。電話した時、緊張したなあ。人生でこれほど緊張したことなかったぞ、なくらいだった。
 
 それまでは、朝日ソノラマから出た僕の画集に序文を書いてもらったりしたのだけど、連絡から何まですべて編集部がやってくれたので、僕は「生賴さんに頼みたい」って編集部に言っただけだった。
 
 

2015年12月15日 (火)

トキワ荘の記念碑がある南長崎花咲公園

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 僕の仕事場は自宅から歩いて5分のところにあり、近すぎて自転車通勤ができません。そこで、仕事場に自転車を置いて、雨が降っていなければぐるっと10〜24キロほど、周回コースを走ってきます。そのコースの中に一箇所、休憩地点として決めているのが東京都豊島区の『南長崎花咲公園』です。ここは漫画の聖地『トキワ荘』(手塚治虫や石ノ森章太郎、赤塚不二夫がデビュー当時、一つの屋根の下で仕事をしていた)があった場所のすぐそばで、公園の一角にトキワ荘の記念碑(ミニチュア)があるのですが、昨日はいつもより遅く散走に出発したせいで、公園に着いたのは夕方になってから。

 

 そこではじめて気づきました。記念碑を照らす照明が、昭和初期の傘がついた白熱灯(実際は電球色のLED)だったのですね。見れば照明の支柱に貼られている住所表示のパネルも、なんだか昔に見たような形状をしてます。
 
 これまであんまり上を見上げることはなかったので、ちょっとびっくり。色々な角度で撮影して、この写真が一番、雰囲気が出てるかな。

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 ついでにお隣のお店も写真に撮りました。こちらは旧い傘のついた照明が幾つかぶら下がっています。記念碑の照明もそこの店長さんのアイデアなのかな? 時々この公園で開かれているトキワ荘関連のイベントでお会いするくらいですけどね(ほとんど毎日、店の前を自転車で通っているんだけど)。
 
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 とブログに載っけた翌日、またいつものようにトキワ荘の記念碑のある公園の鉄棒で、いつものように「筋肉試し」の懸垂10回を終えて公園を出たところに、お隣のお店の店主さんが。
 
 そこで、照明の傘のことを伺ってみた。まあ結果は、予想どおり。
 
 そして、写真にあるような本をいただくことになったのであります(いま、ざっと読み終えたとこ)。
 店主さんが寄稿した文章の中に、手塚さんも会員だった出版美術家連盟(当時の会長は岩田専太郎)のエピソードが出てきたりします。その出版美術家連盟の忘年会が上野であり、なんて文章を読むと、あ、あの店だな、と何となく想像できるのだけど、僕がまだ会員だった頃、はじめて買った折り畳み小径自転車で上野まで走り、盗難を心配しながら、頑丈な鍵で自転車を電柱にくくりつけたことを懐かしく思い出したりしてました。
 
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サブカル・ポップマガジン『まぐま』vol.20(表紙イラスト・構成・松田優花)


2015年12月 9日 (水)

『ヤマトとドメラーズIII世』バージョン1.2公開

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 色々ご迷惑をおかけしましたが、無事にiOS 9に対応したバージョン1.2をリリースすることが出来ました。

 

 これからもよろしくお願い致します。
とはいえ、やはり 「無事に」というところに万感の想いが(笑)
 
新しいバージョンをアップロードするにあたり、iPad Proの見本画面をシミュレーションする開発者用のツール(Xcodeって言います)をAppleからダウンロードしたり、その新しいツールは、バージョンアップされたMacOSでしか動かなかったので、まずそこから作業をすることになりました。
 
普段、僕はそういった環境をこまめに整えることはあんまりしないほうなので、こんなタイミングで一気にやることになります。
 
そうすると今度は、新しいバージョンの開発ツールが(少し仕様が変更されていたりして)、毎回ドキドキものなのです。
 
新しいバージョンのために「こんな点を変更しました」とかもAppleへの申請時に必要なのね。
 
このアプリ。他のiOS画集と異なり、発売地域は日本に限定されていて、だから説明文も日本語だけなのがとても助かります(僕は英語が全くダメ)。
 
もっとも、海外のAppnStoreに並ぶ場合も、アプリの説明文は、絵のタイトルくらいは英語にできるけど ←機械翻訳とか使います 文章なんてもう無理だし、その辺はAppleでは「下手な翻訳載せるくらいなら、載せない方がいい、元のままで行け(この場合は日本語ね)」って言ってくれてるので、これもとってもありがたいのですが。

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