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2011年11月 2日 (水)

アマゾンが提示してきた電子書籍の契約書のこと 2

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●契約書を交わすということ

 僕が契約というものに初めて直面したのは、コンピュータゲームの絵を担当したときです。もちろんそれまでも、銀行に口座を作るときとか、カードを作るときとか、生命保険の契約とかもあったのですが、それらはいわば「定型文」で出来ており、イラストを描いたその対価を、自分の責任において決めねばならない契約はその時が初めてでした。

 その契約でいちばん困ったのが文章がとても難解だったこと。その理由は、これから自分が交わす契約は、「企業」と「個人(僕のことね)」であるにもかかわらず、提示された契約書は、「企業」対「企業」の契約書をそのまま流用した、「そんなこと書かれてもわかんねーよー」みたいな条項ばかり(倒産したときのことが書いてあったりした)。

 でも、唯一、すぐに理解できた文章がありました。

   「イラストの著作権はゲーム会社に帰属する」

 そいつはヘンだろ。著作権は絵を描いた僕に帰属するのがあたりまえだろ。百歩譲って、

   「イラストの著作権はゲーム会社に譲渡される」

 なら、お金をたくさん貰えるなら、それでもいいかな、とは思いましたが。
 でも、ゲーム会社は、ほかの条項はいろいろ譲っても、「ゲーム会社に帰属する」だけはなかなか変更してくれません。
 結局何とか、僕の要求が通って、それで契約を交わすまでに大変な時間と労力が必要でした。
 本当なら、そんなことに充てる時間を、イラストを描くほうに振り向けるほうが、両者にとって有益なのに。

 ちょうど、コンピュータゲームのビジュアルが、ゲーム会社の社内(デザイン部門)から、個人のクリエーターに発注されるようになってきた頃で、あちらこちらから、契約書で困っているという話が伝わってきました。
 しばらくは、個々の事例ごとに相談に乗っていたのですが、これではラチがあかないと、ゲーム会社の社長さんたちの交流会で、直接、トップの皆さんに現状を訴えることにしたのです。

 そしてその会場で、僕は思いもよらない話を伺ったのです。
 ゲーム会社の社長さんたちも、ゲームの違法コピーの横行に悩んだ結果、組織を作ってこれに対向していたのです。

  加藤さん。あなたの言いたいことはよくわかる。我々も同じだったから。
  だから、イラストレーターで組織を作ったらどうですか。

 そして少し調べてみたら、なんと、絵描きやイラストレーター、デザイナーたちが既に30年前にそんな組織を作って活動していたことがわかったのです。それが日本美術著作権連合でした。

 参加していた団体は

 社団法人 日本美術家連盟(画家や彫刻の団体)
 社団法人 日本グラフィックデザイナー協会
 日本児童出版美術家連盟(絵本画家)
 日本出版美術家連盟(挿絵画家)
 日本理科美術協会(科学イラスト) 例によって記憶で書いているので間違いがあるかも

 過去には日本漫画家協会も会員団体でしたが、複写権の問題が持ち上がったときに、日本美術著作権連合を脱会
 日本地図なんとか協会(地図を描く人たち)解散

 その後、ぼくが勧誘して
 東京イラストレーターズ・ソサエティ

 僕はこの会の理事として10年ほど活動しましたが、その中には、他の業界団体と歩調をそろえて活動することもあり、著作権データベースでは、写真家や映画監督の皆さんと。貸本の問題では、出版社や漫画家の皆さんと。
 デザイナーの皆さんとは、本の装幀の著作権の啓蒙活動がありました。

●本の装幀の著作権

 前回の最後に書きましたが、本には多くの人が関わっています。
 本のカバーや奥付には、装幀家の名前が印刷されています。
 これの法律的な後ろ盾は、日本の著作権法に示された『氏名表示権』です。

 本の装幀も「著作物」です。したがって、その装幀を担当した人の氏名表示が、法律で保証されています。
 しかし、例えば、新聞や雑誌の「書評欄」には、本の装幀の写真が紹介されているのに、装幀家の名前はどこにもありません。装幀家の集まりである日本図書設計家協会では、新聞各社、雑誌社に対して、もう十数年。ずうっと「氏名表示のお願い」を続けていたのでした。しかしダメ。
 様々な返事が返ってきました。「そういう習慣は無い」「スペースが無い」「広告の一環だ」。どれも簡単に解決できるはずなのに。

 日本では、著作財産権の侵害は「親告罪」ですが、著作者人格権は、作品や作者の「名誉」にかかわる、財産権より強力な権利なのに。こうした活動で、ちゃんと「氏名表示」をしてくれたのは、早川書房のSFマガジンや、僕が親しくしている一部の雑誌、出版社だけだったのです。それは今も変わっていません。

 そして、今回は、ここからが本題(笑)

●電子書店での装画の著作権の扱い

 少なくとも、僕がカバーイラストを担当した書籍が紹介されることが多いSFマガジンでは、本の表紙が掲載されるときには、そこに僕の名前もちゃんと載っていました。

 電子ではない、街の書店でも、書棚から本を手に取ったとき、そのカバーを描いたイラストレーターが誰であるかは、カバーを捲ったり、本の奥付を見れば、ちゃんと載っています。しかし、

 アマゾンのページには、僕のイラストがカバーになった画像が掲載されているのに、僕の名前はどこにも無かったのです。聞けば、そもそも、アマゾンのページには、装幀家の名前を表示するプログラムがない、のだそうです。ここでもやはり、本の著者は、どこまでも小説家のことしか考えられていないのでした。

 この話の文章の第一回で紹介した、アマゾンが出版社に提示してきた契約の内容に、この装幀家の権利のことは書かれているのでしょうか。

 装幀の電子書店での販売に対する対価、著作権使用料については、出版社の取り分の中から分配されることになるでしょうが、それは「著作財産権」の範疇ですから契約でどうとでもなる。

 しかし、「著作者人格権」の「氏名表示権」という、いわば、装幀家やイラストレーターの、名誉とも言うべき問題は、今回の騒ぎの中では忘れ去られているのではないか、と危惧しています。

 次回は、そんな本作りに関わった人たちの分配率について、僕が電子画集を作ってきた例を交えながら書いてみたいと思います。

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コメント

>SFマガジンでは、本の表紙が掲載されるときには、そこに僕の名前もちゃんと載っていました。

そういえばそうですね。言われるまで意識もしなかったけど。
私、まんが家の赤松健氏とTwitterで少し議論したことがあります。氏は「本のデザインには著作権は及ばない」と述べておられたので、私から「それは工業デザインと間違えていないか」とかみついたら、「弁護士さんにそう言われた」という返事でした。そんなはずないんですよ。

ゲーム会社は音楽著作権についても不思議な慣習が長く残っていた業界です。JASRAC会員の作曲家が敬遠されていたんですよ。JASRACに払う使用料がゲームの場合、高すぎるという理由です。今はそうでもないようですが。

才能と実績のある方が法や契約について具体的経験からこうして語ってくださるのは絶対にいいことですので、じっくり論じていってください!

>ゲーム会社は、ほかの条項はいろいろ譲っても、「ゲーム会社に帰属する」だけはなかなか変更してくれません。

映画会社はその点、著作権法で手厚く保護されていますね。例えば映画で使われる音楽は著作者(作詞・作曲者)それに実演者(歌手、演奏者)の権利が及ばないことになっています。複数の著作者(専門的にいうとモダン・オーサー)によって成り立つのが映画なので、権利は映画会社が一手に握る仕組みになっています。

ゲームも複数の著作者で成り立つので、映画と同じように権利を製作会社が一手に握りたいと考えたんだと思います。

過去の判例ではゲームは著作権法上は「映画」に分類されるのですが、これが契約形態にも何か影響しているんでしょうか?興味深いですね。

>映画で使われる音楽は著作者(作詞・作曲者)それに実演者(歌手、演奏者)の権利が及ばないことになっています。

訂正。映画のための描き下ろしの楽曲の場合、著作者(作詞・作曲)は上映権に限定して映画製作者(社)に権利を譲渡できます。法でそうなっているのではなく、JASRACの規定でそうなっています。

ほとんどの場合、映画用書き下ろし楽曲の上映権(と複製権)については映画製作者に譲渡されます。なぜかというと上映のたびに印税いくらの契約をしていては手間がかかるから。テレビ放送やビデオ化のときは別契約になる…と自分は理解しております。

コメント有り難うございます。ぼくは『銀河英雄伝説』という小説をアニメ化した作品(劇場用・ビデオ用)のメカデザイン(映画で言う美術に相当します)を担当し、その著作権使用料を今でも支払いを受けています。アニメ用のメカの設定を描いたことよりも、原作の小説のカバーイラストに描いた絵が、アニメで使われる美術の原点になっているという解釈ですが、その契約では、分配率(寄与度)を決める作業が大変でした。

そのときの契約書を交わすときに両者で合意したのは、僕が担当した部分がどういった使われ方をするかによって分配率を買える、というもの。

テレビで映像作品が放映される場合と、
メカ(宇宙船)がフィギュア(玩具)になるのでは、分配率が変わってくる、という考え方です。

支払う側としてはとても面倒ですが、その寄与度を算出するために、ぼくもすべてのビデオをストップウォッチ片手に見直す作業をしました。その面倒な作業を乗り越えないと、契約が成り立たないのですね。

皆さんの参考になれば、と思います。

劇場用映画の権利のことで思い出したことが。

日本SF作家クラブでは、毎年、日本SF大賞という章を、徳間書店の公園で運営しています。
大賞作品が映画の場合、章が与えられるのは、監督を代表とする、映画を作ったスタッフに対してであり、製作者に対してではありません。

その映画が日本SF大賞を受賞したときに配布されたリーフレットに

 著作権法で映画の著作権の帰属を定義するときに、当時の大映の社長が、つよく映画界社(製作者)に帰属するよう求めた、ということが紹介されていました。

「帰属」ではなく、契約に夜「譲渡」でまったく問題ないのに。

同じことは「学会」でも言えて、
ある学者さんから

 論文の著作権は学会に帰属

が普通だけど、「学会に無償で譲渡される」が、日本の著作権法の立法理念にあっているはずだ、と主張されていました。ぼくもまったく同意見です。

『銀雄伝』の契約の話、面白い。でもストップウォッチとはめんどうですね。失礼ながら笑ってしまいました。

日本SF大賞では1996年に『ガメラ2』、2004年に『イノセンス』が大賞ですね。(たった今検索で確認) すると受賞者は金子修介、押井守監督であって大映、プロダクションI.G(というかそれぞれの製作委員会)ではない、と。

装丁だけじゃないですよ。
本文のレイアウトだって、デザイナーがやってるわけでその分に関してはデザイナーに権利が発生する場合があります(契約によりますが、きっちり契約を交わしてることは少ないような…)
さらには、文章だって実は編集者が大幅に手直ししている場合がありますし(編集者は通常、出版社の社員であることが多いと思うので出版社が権利者?、編プロだとまたこんがらがりそう)
装丁だって、絵だけを提供してデザイナーがデザインをしているとなるとこれまたややこしいことになります。
さらに、一般の本だと図やら写真やらいろいろあります。
本文に歌の歌詞が含まれていれば、ジャスラックさんがアップするでしょうw印刷と電子出版は別との賜りそうな…

さらに、データの作成に関しても権利が発生する場合があるみたいで、印刷データから勝手に電子出版のデータを作るのはまずいかもしれません(印刷屋さんだっていろいろデータを加工してます、特に色なんかはオペレータさんの裁量)。
それに、通常出版社が持っているのは、印刷して出版する場合の権利だけで、電子出版のこととなるとまた別なのでは?(契約書に、媒体を問わずと入ってますかねぇ)

私が関わった本は、そういう取決めと言うか契約はほとんどありませんでした。ほかもおそらく似たようなもんだと思います。

アマゾンさんのお手並み拝見でしょうかねぇ?アメリカの流儀でってことなら裁判の嵐になるんじゃないでしょうか?

詠み人知らずさん、こんにちはー

ちょっと頭を使う仕事があってお返事遅れました。同時にいろいろ出来ない性分なのですよ。

これは次回分のネタになりますが
僕自身も自分の画集のときは、

定価を決める
ページ数を決める
発売日を決める
絵を用意する(アナログならデジタルデータにする必要がある)
絵の並べ方を決める(造本デザイン。カラー、2色、モノクロ別に台割を考える)
ページの中で複数の絵を配置(レイアウト)
絵に文章をつける(執筆)
文章の書体を決める(デザイン)
文章を吟味する(編集)
誤字脱字見つけたり修正したりする(校閲)
デジタル入稿用のデータを生成する
カバーの装幀、デザインを決定する
帯に掲載する推薦文を依頼する
入稿する
印刷の立ち会い(カラーでは、空気中の湿度や温度で色が変わります)
色校正(印刷の台ごとにバランスを整える)
広告のコピーを考える
広告の媒体を考える
書評の依頼
配本
印刷所やデザイナーへの支払い


 仕事は果てしなく続きます。

本には多くの人とお金が関わっているのですが、
そろそろ疲れてきたので、やっぱり、次回、まとめてから紹介することにしますね

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