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2011年9月11日 (日)

日本の甲冑 1

04s

 靖国神社で開かれた奉納演武大会を見に行ってきました。

 誘ってくれたのは僕の妻。妻の活法の先生、柳生心眼流の島津師範が、大会の責任者なのです。
 この演武大会。妻が撮影して編集したビデオを見せて貰ってはいましたが、本物を見るのは初めてです。
島津先生にお会いしたのも一度だけ。町田にある柳生心眼流の道場に見学に伺い、そのとき道場に居合わせたお弟子さんたち(数人のロシアの巨漢)に脚を押さえられ、五十肩の治療をしてもらったとき以来でした。もっとも島津先生の姿やお声は、妻が編集中のビデオで見慣れてはいましたけど。

 朝、地下鉄を九段下駅で降りて地上に出てみると、そこは僕が時々自転車で通る、いつもの靖国通りでした。ちょうど靖国神社境内で開かれていた骨董市を(僕は古い金属の塊やオブジェが大好きなのです)大急ぎで見終えて、能楽堂の前に着いたのが午前9時20分。まだ島津先生やお弟子さんたちが、会場設営の真っ最中。
 そこで紹介されたのが、『川越藩火縄鉄砲隊保存会』の会長さんでした。
 この文章を書く前に保存会のホームページも見てみましたが、会長さんのお名前はまだ知りません。会の皆さんも「会長っ!」って呼んでいるし、「これは会長の甲冑です」みたいな感じの会話なので、そのまましばらく「会長さん」でいくことにします。
 「ではさっそく」と、会員の皆さんが甲冑に着替えるために陣取った場所まで案内され、会長さんが皆さんに僕のことを紹介してくださいました。
 「甲冑の取材をしている漫画家さんです」
 会長さんは、前にも漫画の監修をされていたみたいで(それは島津先生も同じ)、絵を描く人、イコール漫画家であったようです。
 でもそれはあとで説明することにして、着替え風景をどんどん写真に撮らせてもらいました。

 場所は境内の駐車場。甲冑を積んできたと思われるワゴン車が何台も停めてあり、その脇のスペースが楽屋なのでした。辺りには既に荷解きされた甲冑がところ狭しと並べられ、しばらくしたら皆さん下着姿(屋外での準備に慣れてるんですね)になって甲冑を着るためのインナーウェア(何と呼べばいいかワカラナイ)に着替え、まず脚絆(きゃはん)を付け始めます。脚絆を含め、甲冑はすべて左側から身に付けるのだそうです。戦場で、いきなり攻撃を受けても、「途中段階」の甲冑で防御しつつ右手に持った武器を使うのだそうです。
 甲冑を数える時の単位も伺いました。『領』です。最初は、戦車のような『両』かなと思いましたが、武士が身につける甲冑の価格は、その武士の1年分の収入と等しい。つまり与えられる農地、領地の「領」なのですね。

 そんな、「なるほどー」な話も伺いながら、会員の皆さんが、お一人で、または仲間に手伝って貰いながら甲冑を身に着けていきます。甲冑はご存知のように様々なパーツの集合体です。可動部は、複数の湾曲した板を紐で繋ぎ合わせてあり、西洋の甲冑に比べると遥かに自在に動きますから、板をそれぞれスライドさせると、とても小さくまとまります。これを、紐で固定したり、クッション材で包んだり、皆さん、大事な甲冑が傷まないように工夫されていました。
 甲冑はみな会長さんの所有物で、その「部下」である会員の皆さんに貸し与えられているのだそうです。管理や補修、修理は、会員個々の責任で行われます。パーツを繋ぎ合わせる紐がいちばん切れやすいのだそうです。そして甲冑の「インナー」肩や腕部分は、どれも右側が激しく痛んでいました。

 甲冑の重量は人の腰部分で支えます。ぼくはこれに非常に興味がありました。例えば、機動歩兵がパワードスーツ(強化防護服)を着たとき、どこでその重量を支えるものなのか。筑波大学の山海教授に『ロボットスーツ』のことを伺ったとき、ロボットスーツは腰で支えているとのことでした。きっと同じ理屈でしょう。両肩で支える構造は辛いのだそうです。それでも仙台藩の特に重い甲冑は、胸当て、背当て(名前はぼくが適当に呼んでます)にそれぞれ二つの穴が開けてあり、そこに通した紐を肩にタスキがけにして重量を分散します。つまりそうではない通常の甲冑は腰で支えられ、甲冑の両肩の内側は、宙に浮いている形になります。肩の部分には指1本分の隙間を残し、その状態を保ったまま腰の紐をキツくしばります。

Img_3598s

 こうやって文章で説明すると、スペースがいくらあっても足らなくなりそうなので・・・(図で描いたら簡単なのだ)。なかなか充実した時間を過ごすことが出来ました。
 皆さん、兜を被って、背中に旗竿を固定して、それぞれ袋に入れた火縄銃を持って準備完了です。
 隊列を整え、他流派の皆さん、他の鉄砲隊の皆さんと合流し、いよいよ境内のパレードです。
 そして午後からが演武となります。刀や十手、身体そのもの(体術)鎖、棒、紐などを使った演武が総て終ったあと、最後に鉄砲隊の登場です。会場には多くのカメラ、ビデオが三脚に据えられていましたから、いずれユーチューブにアップロードされるでしょう。読者の皆さんにはそれを見てもらうとして。鉄砲隊の皆さんの表情は、午前中のそれと違って真剣そのものでした。そりゃそうだ。なんたって火薬を扱うのですから。
 今日は、天気予報では曇りのはずだったのに、とても暑い日になりました。皆さん、汗が顔中に吹き出していました。
 こちらも、撮影中動くことが出来ずに、やっぱり日焼けが、帰ってからのお風呂でヒリヒリしましたですよ。

 演武会が終了したあと、鉄砲隊の皆さんに挨拶にいきました。ちょうど広場で、海外からの観光客の要望に応えて記念撮影の真っ最中。撮影も終わり、会の撮影担当の方に連絡先を伺い、興奮冷めやらぬ僕は、今日中に甲冑の絵をインターネットで公開することを約束しつつ、お別れしたのでした。

 それがこの絵です。まずは撮影した写真をいっさい見ずに絵を描いてます。まだ描き初めですが、なんとなく来年のSF大会のライブペイントのテーマが見つかった気がします。まあ、どうなるか、いつものように(今回の絵も)ぶっつけ本番なので、先は不明ですけど。ひょっとすると、別の時代の、別の地球の甲冑になってたりして(笑)
 

10s

日本の甲冑 2 につづく


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コメント

昨日は、お暑いなか長時間帯同頂きありがとうございました。

イラスト拝見しました。カッコよいです。ありがとうございました。早速、鉄砲隊のメンバーにも加藤様のブログを告知させて頂きます。

今度は撮影された写真を基に、寺田隊長の仁王胴(あばら骨胸筋が再現された鎧)を書いて頂き、拝見させて頂ければと思います。

また、パワードスーツを監修された加藤様と知り感激しております。当方もプラモデル作りました。

当方、横山宏さんのSF3Dに刺激されて小学生の分際でホビージャパンを定期購読する少年でした。加藤様と横山さんの対談が掲載されたホビージャパンも今でも持っております。

また取材などの要件がございましたら、当会ホームページの連絡先に掲載されておりますメールにご連絡頂ければと思います。

今後とも宜しくお願い申し上げます。

おー、コメント有り難うございます!!

そうか、隊長、なんですね。
次回から直します。

寺田隊長の甲冑姿、黒が中心の隊員の皆さんとは、さすがに雰囲気が違って目立ってましたね。
今回撮らせていただいた写真は、「甲冑」の目的を「理解」するためのものだったので、甲冑を身に纏った全身像を描くには、もう少し取材が必要かもしれませんが、今回のような素敵な機会を与えていただいたお礼に、ぜひ描かせていただきたいです。

会長でよいです。当方の誤りです。申し訳ございません。

上期はイベントが大地震により中止となりましたが、下期はお渡ししたイベントカードの予定通りスケジュールいっぱいです。

ご覧になる機会がありましたら、是非お声かけお願い申し上げます。

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